戦争と死生観

昨日12月8日は対米英開戦から75年に当たる日でした。

メディアでは真珠湾攻撃のことしか話題になりませんが、英領マレー半島ではさらに早く戦端が開かれていたんですけどね。

それはともかく、開戦から75年(そして終戦から71年)というのは、かなりの年月です。同じ年に生まれた人ですら後期高齢者入りしていますし、当時20歳だった人はもう95歳です。あと10年から15年のうちには「最後の元軍人」の訃報を目にすることになりそうです。そうでなくても、各種の「***作戦に参加した最後の元軍人」ということで言えばもっと早く「全滅」することになるでしょう。

一方では、戦争を体験した人たちが亡くなる前に、そのことを語ってもらったり記録に残しておかなければ、という流れがあります。もちろんそのことは大切です。

他方で、戦争体験者が日本社会からいなくなるというのは、戦争の歴史を相対化し、これからの日本人の死生観を作り直していくきっかけにもなり得るはずです。

日本では、内地にいて空襲を体験した人の「戦争体験」がやや重用されすぎていた気がします。そのあおりで、戦地で実際に戦った人の声や、軍属などとして軍に近いところで戦争や兵隊を見聞きした人、さらには日本を相手に戦った敵国の兵士・国民の証言が、軽んじられていたのではないでしょうか。

そしてもっと言えば、そうした「偏り」があったために、戦後日本の死生観をめぐる議論が歪められた面は大きいように思います。というより、命あっての物種という感覚の生命至上主義がはびこり、死生観というものを育む土壌自体が失われかけていた、というのが率直なところではないでしょうか。

戦争の歴史を見つめ直して、良い意味で相対化する。そして21世紀に生きる日本人のための死生観を新たに組み立て直す。明治より前の日本人の死生観も参照しながら。来たる「開戦100年」「敗戦100年」までにその道筋を付けておきたいものです。戦地で亡くなった何百万もの人々、そして戦争を生き抜いたものの戦争について語らぬまま亡くなったもっと大勢の日本人のためにも。


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