人生を何で埋めるか

人工知能やロボットが人から仕事を奪い、結果として人々は(大して)働かなくても暮らせるようになる、ということがまことしやかに語られるようになってきました。

そんな議論を見るに付け、私の胸に去来するのは「もしそうなったら、人々はどうやって長い人生を過ごすんだろうか」ということです。小人閑居して不善をなすと言います。することがない人生というのは、人をダメにするんじゃないかという思いを拭えないのです。

だからもし賃労働をする必要がなくなったとしても、他の意味での「仕事」を見つけ、あるいは創造する必要があるのではないでしょうか。たとえば地域の問題を解決したり、地域をより良くすることに汗を流すとか、何らかの専門知識を活かして他人の相談に応じたり知識を授けるとか、誰かの「お困りごと」の解決を支援するとか。

仮にそうした働きに対して金銭的な報いがないとしても(あるいは驚くほど低額とか)、自分のやりがい、相手方からの感謝や称賛、そして自分自身が学んだり成長することができるなら、そうした仕事はやるに値すると考える人が増えてほしいものです。

よく「仕事が無くてベーシックインカムみたいなものが実現すれば、趣味や創作に思う存分打ち込める」みたいなことを言う人がいます。でもそんなものを生活の中心にして何十年も飽きずにやれるのはごく一部の人だけで、実際にはテレビとかゲームとか受け身の娯楽に費やす時間が大幅に増えただけ、という人が大半になるのではないでしょうか。

だからこそ、無理してでも「仕事」を作り出す必要があると考えます。

そんなことを考えたのは、下の記事がきっかけでした。

「超ヒマ社会」が来るかもしれない(中村伊知哉) – 個人 – Yahoo!ニュース

あと最近出た「隷属なき道 ~AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働~」という本も、提案には賛同しかねるものの思考は刺激されています(目下八割ほど読み進めたところ)。

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