死後のことも行政のお世話に?

葬式やお墓、それに死後の手続きや整理のことまで、行政がサービスとして提供すべきだ、という意見を時折目にします。

自由主義者の私からすればあり得ない発想ですが、無自覚的な社会主義者の多いこの日本では、「それも一理あるよね」という感じで受け入れられてしまうかもしれません。絶対ダメだと言い続けていこうと思います。

なぜダメか。まず行政が税金を原資にしてタダとか低廉な料金でサービス提供してしまうと、民間のサービスが成長する芽を摘んでしまうからです。いわゆる民業圧迫ですね。ここで言う「民間」には営利企業だけでなく、NPOや市民相互の助け合いのようなものも含まれます。安易に行政の出番を許してしまうと、そうしたものが育たないのですよ。安易に行政に頼ろうとする人たちには、そのことに対する危機感がない人が多すぎます。

ましてこれからの日本は厳しい財政制約に直面します。無い袖は振れないということです。この点でも、受益者が適切な対価を支払ってサービスを買う、あるいは市民相互で助け合いの仕組みをつくるということを全く考えずに、税金を原資としたサービスをすぐに求めるのは「安易」「甘い」と言われても仕方がないと思います。

時代が移り変わり、また人々の価値観やライフスタイルも変わっていく。そんな中で市民は高齢化し、平均的な判断力や行動力は衰えて行く。すると時には悲惨な例が起こるのも致し方ありません。けれどもそこで「いざとなったら行政が何とかしてくれる」となれば、ますます市民の自助意識、共助意識がむしばまれていくのではないでしょうか。いや、きっとそうなります。

そうした意味でも、「行政にお願いしよう!」といった発想とは断固として戦っていかねばなりません。


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