「平穏死」なんて言葉、無くなればいい!

といっても、死は苦しいのが当たり前だから平穏に死ぬ人なんてあってはならない、ということではありませんよ。

むしろその逆で、人が死のプロセスを進んで行く時、苦しいことのほうがむしろレアケースなので、ことさらに「平穏死」なんて言う必要がなくなるといい、ということです。

死の苦しさは「医療があるにもかかわらず無くならない」のではなくて、むしろ医療が下手な手出しをするために作り出されてしまっている可能性が濃厚です。後世には苦しい死が珍しくなかった昭和後期から平成の時代を振り返って、「医療が未熟だったんだね」と語られることでしょう。

というか今でもそうしたことはほぼ明らかなのに、大っぴらに語られないことの方が異常と考えます。現場でやっている医師や看護師はとうに承知で、アンケートなどではいわゆる延命治療に対して、医療者の方が一般人よりも消極的(つまり、「受けたくない」という率が顕著に高い)なんですよね。

あと同じ医療者でも、経験を積んだ人の方が濃厚医療に対して懐疑的になる傾向が見受けられます。きちんとデータ取ったわけではないので、「※個人の感想です」に過ぎませんが。

ともあれ、「平穏死」なる言葉を消滅させるべく発言し、おのおのがそうした選択肢を選び取っていくのが現代を生きる世代の責任でしょう。医療者であろうと、なかろうと。

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