安楽死が拡大することへの懸念

日本では安楽死の導入について議論すら始まっていないので、気の早すぎる話ですが。

仮に安楽死が導入されるとしたら、かなり厳格な条件の下でスタートすることになるはずです。

  • 意思能力が現にあること
  • 成人していること
  • 不治の病となっており余命わずか(たとえば1ヶ月以内とか3ヶ月以内とか)であること
  • 上記について、複数の医師の診察を受けること
  • 専門家のカウンセリングを複数回受け、書面に意思を遺すこと

といったあたりでしょうか。病院・診療所から独立した外部機関が上記全ての条件を満たしていることを確認したのち、安楽死の許可が下りる、ということになるのでしょう。

こうした条件でスタートし、制度が浸透して実際に安楽死する人が続々出るようになると、そのうち対象を広めたらどうか、という話が必ず出てきます。オランダやベルギーがそうでした。

a)意思表示できなくなった認知症患者などの場合でも事前に意思表示してあれば認める
b)成人していない子供でも、自分の状況をきちんと理解したうえで意思表示し、親などが反対しなければ認める
c)病気以外の「生きるのが辛い」といった精神的理由でも認める

といったあたりでしょうか。

本人の意思とは関わりのないところで「気の毒だから死なせてあげよう」的なのは定義上安楽死と言えませんので、言わば論外です。個々のケースで延命措置停止を家族などが求めることはあるでしょうが、それは裁判で解決するか、刑事訴追のリスクを踏まえた上で家族と医師の間のあうんの呼吸で行われるものでしょう。

さて上記の3つですが、私はb)に関しては「親の同意がある」ということを絶対的な条件として認めてあげて良いのではないかと思います。a)に関してははっきり結論づけにくいのですが、今は不可とした方が良いという気がしています。実際に安楽死制度が始まり、その経過についてのドキュメンタリーや当事者・家族などの声を聞くと考えが変わったり、ますます確信が強まったりするかもしれません。

c)については反対です。そうした理由なら今でも自殺という方法があるわけですから、わざわざ安楽死を選ぶ理由や意味がわかりません。協力するという医師もほとんどいないでしょうし。

安楽死に絶対反対という人はよく「際限なく拡大して障害者や社会的弱者が死を迫られるようになる」と言います。そうした可能性がないとは言いませんが、制度の運用や実際に始まってからの議論でいくらでも歯止めをかけることはできます。場合によっては、条件を当初より厳格化したり安楽死制度をやめたりすることだってできるでしょう。「おそれ」を理由に一切を認めない、というのはあまりに頑迷な態度だと言わざるを得ません。

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