税負担と政府の役割について、世論を集約していくべきでは?

民進党の新代表に前原誠司氏が就任しました。

枝野幸男氏との間で争われた代表選では、共産党などとの野党共闘や憲法改正についてのスタンスなどいわば「路線」の違いが争点としてクローズアップされ、経済政策や社会保障制度改革についての論戦は低調だったように思います。逆に言えば、この辺は民進党の内部で外交・安保政策ほど議員の間での隔たりがない、ということなのかもしれません。

さてその前原新代表が掲げている内政のスローガンが「All for All」です。今後はこれを軸に民進党の政策が掲げられていくことになるのでしょう。その意味では、民進党の支持者でなくても注目しておく必要があると思います。

【Q&A】「All for All」とは何か? | 民進党 衆議院議員 前原誠司(まえはらせいじ)

私の見るところ、この政策に賛成するにしろ反対するにしろ、政府の役割をどこまで求めるか、そしてそのための税・社会保険料負担をどこまで許容するかというのは、今後の日本の進路を左右するような大問題です。国民みんなが自分の頭で考え、それなりの回答を用意しておくべきではないでしょうか。信頼できる論者や政治家を見つけ、その人に託すという形でも良いのですけど。

さて上記の「All for All」は、今よりも政府の役割を拡大し、それによって税や社会保険料の負担もアップさせようというものです。負担のアップはあるにしても、国民みんなが安心して生活できることで経済や社会が活性化するから、その負担増は問題にならないだろう、というスタンスですね。

私のスタンスは、現状の日本は給付に相当する負担すらきちんと負っていないので、そこを適正化することを考えれば大きな政府・高負担の路線は論外だろう、というものです。政府の役割が拡大することで企業やNPOといった民間活動が阻害される面を危惧してもいます。方向としては、政府の役割は今よりも縮小し、一方で負担すべき負担(消費税の増税はその最たるものです)についてはできるだけ早期に受け入れる、というものです。未来世代への責任、ということも強く意識しているためです。

財政を持続可能なものにできなければ、将来いつかの時点で暴力的なまでに行政サービスをカットすることを余儀なくされるでしょう。財政破綻した夕張市で起きたように。その意味でも政府の役割の「選択と集中」は避けられまい、と見ています。

他方で、今の日本社会に政府の役割拡大に期待する意識が強まっている傾向があることも認識しています。私に言わせれば、社会主義への忌避感が薄れすぎじゃないのか?という感じなのですが。

ともあれ、政府にどれだけのことを求めるのか、それに伴ってどれだけの負担を許容するのか、一人一人に真剣に考えてほしいものです。漠然と「自分は受益が多いから大きな政府でいいや」とか「税はできるだけ払いたくないから、政府には何も期待しない」といった考え(私に言わせれば幻想に近いです)を抱いているのは、許されないと思います。


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