東洋思想は我ら日本人の背骨であり武器

昔から和漢の東洋思想には関心がありましたが、年齢を重ねるにつれてますますその奥深さ・味わい深さに魅了されるようになっています。

こうした人は多いのではないでしょうか。

中年期以降にさしかかった者にとって、多くのことを教えてくれる豊かな泉のような存在です。また日本でも中国でもそうした思想に触れながらおのれの生き方・考え方を磨いてきた人が無数にいます。そうした先人の思考や営みの結晶が、さながら鉱脈のように埋まっていて掘られるのを待っているような感がしてくるのです。

日本人にとって、一生を通じて東洋思想に慣れ親しんでおくことは得になることはあっても損になることはほとんどないはずです。テクノロジーや経済など時代はめまぐるしく変わったとしても人間社会の「根本」にはさほど変わりがありません。物事を見きわめるものさしとなってくれるでしょうし、新たなことに出会っても似たようなパターンを承知していれば「ははあ、アレに近いな」と対処法をスムーズに考えられるはずです。

そうした意味で、東洋思想は我らの思考の背骨、バックボーンとなってくれるはずです。またグローバルな場で欧米人等と対峙し、あるいは協働する場合には我らならではの武器ともなってくれるでしょう。

その意味で、私から見ると現代日本人は東洋思想への関心、またそれに振り向ける時間が少なすぎます。すぐに消えてなくなるような書物や思想、それに事象にばかり目を奪われるのではなく、意識して東洋思想に触れる時間を持つべきでしょうね。寝る前のちょっとした時間でも、あるいは休日の朝にでも。

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