死生観のミゾ

先日ある医師がTwitterで、終末期にある身内が死につつあるのを受け入れられず医療者に理不尽な要求をする家族が増えている、といったことをつぶやいていました。

私は医療者ではありませんが、さもありなんだなぁ、問題だよなぁ、と受け止めました。意外だったのは、この医師のツイートに対して反発する一般人が殊の外多かったことです。そんな冷たいこと言ってほしくない、ということのようです。

図らずも、その反応自体が現代日本人の死生観、というかそもそも死に対する心構えの欠如みたいなのを浮き彫りにした感があります。人はいずれ死ぬ、ということは頭でわかっていても、リアルな死についてのイメージがない。だから医師に過分な要求をしてしまう、というわけです。

上述の医師は死生観教育みたいなのを学校でちゃんとやってほしい、とも言っていましたが、学校で何時間か授業をやったところで状況が好転するとはとうてい思えません。

やはりおのおのおが親や配偶者、きょうだい、親友などごく身近な者の死を経験し、それを通じて自分は死とどう向き合うか、考えをまとめ、心構えを築いていくしかないのではないでしょうか。

その点で、死にゆく者がおのれの死をさらすことは人生最後の務めと言ってもいいほどのことです。できれば心境や自分が死んだあと気に掛かっていることなどを家族に明かしておいてほしいですね。ただそういう場合でも、その家族が死から目を背けるような態度だと、率直な対話は成り立ちにくい気がします。

死生観の違い、あるいは片方に死生観と言えるほどのものがないと、医療者と患者・家族、また家族間のコミュニケーションにいろいろと支障が出そうです。今後この「ミゾ」はいろんな厄介ごとのもととなるかもしれません。そんなことを感じたTwitterでの見聞でした。


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