スーパー患者の功と罪

メディアでは「スーパー患者」とでも言うべき人がよく取り上げられます。

がんや認知症、難病を抱えていて、それでも前向きに生き、病について人生についてメッセージを発し続ける人。もちろんそんな人ですから、頭も良いし言葉も明快。見栄えが良かったり若かったりすることも多いでしょうか。

こうした人に焦点を当てることには功罪があると思っています。といっても、私が気になるのは「罪」のほうですが。

まず功を考えてみましょう。同じ病気の人にとっては、励みになるかもしれません。またそのスーパー患者が一種のハブになることによって、人同士の出会いや情報の共有が起こったり、時には法律や人々の意識など社会を変革する力を持つことがあるかもしれません。

ただ他方で、そうした「よくできた患者」が取り上げられることで他の一般的な患者が疎外感を感じたり、一般の人の誤解みたいなのを招くことも多々あるのではないでしょうか。

メディアは病気への理解よりも「物語としての美しさ」を優先しがちです。記事を書いたり番組をつくったりする人たちにその意識がなくても、どうしても読む側・観る側に媚びてしまうのではないでしょうか。受け手である我々は、そんな物語を警戒した方が良いと思います。自分が同じ病気になった時に、「こんなはずじゃなかった」とならないためにも。


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