病院死という「偏見」

医師や看護師が語る死生観、みたいなのは日頃から強く興味を持って読んだり観たりしています。

個人的には、学者や僧侶、あと作家など臨床の現場を知らない人に比べると、ずっと参考になる内容が多いですよね。葬祭業者や遺品整理業者の人からも、玉石混淆とはいえ驚くほど深い話が聴けることがあります。

ただその際、私の関心からすると病院での医療しか知らない医療者に対しては物足りなさやある種の偏りを感じることが多いです。それは在宅医療などをやっている人と比べて、ということなんですけどね。

よく在宅医療に関連して「患者にとって病院はアウェイ」なんてことが言われます。やはり病院での死というのは人工的というか不自然というか、我ら非医療者にとってはなじみの無いものとならざるをえないでしょう。在宅医療ではその点、本人も家族も納得ずくで逝けることが珍しくないようです。もとより私も、条件がかなうならば「おうちで死にたい」と漠然と夢想しているクチです。

病院医療しか知らない医療者は死の前後のことについて語るな、とまでは申しません。ただおのれの言説がもしかしたら相当偏ったものなのかもしれない、という恐れや戸惑いのようなものは持っていていただきたいですね。自分が知ってる世界が全てだと思うなよ、ということです。

受け取る側の我らも、意識して在宅医療に関わる医療者の話に耳を傾けた方がよろしいかと。こんな風に死ねるのなら、お迎えが来たら安らかに死ねるかもな、という心境になれるかもしれません(そもそも病院で死ぬ人には「お迎え」現象というのが起こりにくいようです)。

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