セミナー狂時代

いろんな人のブログを見ていると、セミナーの話題が出てくることが多いです。

「セミナーに行ってきました」とか、「今度、こんなセミナーやります」とか。

勉強会ブームなんてことが言われたりもしますが、確かに、大人の間で学ぶことへの意欲の高まりがあるように思います。それ自体は結構なことなんでしょうが、私の心の中では「ちょっと待て」という気持ちも。このエントリでは、そのことを述べます。

一つには、どこかへ出掛けていって人の話を聴いただけで「学んだ」と思い込むのは、安直であり、強く言えば知的怠惰ではないか、ということです。多種多様な書籍が出版され、ネット上にも様々な情報が載っている昨今、たとえば2時間人の話を聴いたとて、その情報量は限られます。それくらいなら、本を読むなり、ネットであれこれ情報検索しろよ、と。

この点でセミナーに独自の意義があるとするなら、話し手がまさに当事者・現場の人間で、書物やネット(ブログ含めてです)では聞けない本音の話やリアルな話を聞ける場合でしょうか。

さてもう一つ、これはもっと深い次元の話です。そもそも、誰か話をし、それを大勢の人間が拝聴する、というコミュニケーションの構造が持つ限界、貧しさについてです。

大人と子供、あるいは専門家と素人、というように知識等に圧倒的な格差があるならともかく、そうでなければ、参加型・双方向型のコミュニケーション構造にした方が、その場は生産的になると思います。一方的な情報伝達の場でしかないのなら、テープやビデオで済ませればいい。

セミナーを企画する時、人は学校の授業・大学の講義をそのひな形にしているんだと思います。でもこれは、大人が学ぶ場の「お手本」としては、あまりに貧弱。せっかく多くの人がセミナーに参加しているんですから、その限界や欠点を認識し、21世紀の大人にふさわしい、学びの場のコミュニケーション構造を作り上げていってほしいものです。じゃないと、時間と金の無駄ですよー。

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