終活が嫌われるわけ

投稿者: | 2019-05-23

「終活」という言葉に嫌悪感を催す人は、少なくありません。

かく言う私も、その一人です。

なぜこうも嫌われるのか。改めて理由と考えられるものを挙げてみましょう。

言葉の響きが軽い
就職活動のことを「就活」と略すのをもじって付けられたネーミングです。ダジャレ。死について考え、備えるというある意味厳かな営みをこう呼ぶのは、あまりにふざけすぎなのではないか。これは多くの人が感じていることでしょう。私も、同感です。

ビジネス臭がする
葬儀社や墓石・霊園業者、それに各種の士業が営業用のキャッチフレーズとして使っていることもあり、商売目的で無理矢理ブームが演出されている、と受け止める人も結構いるみたいです。そして終活なんてやったら、業者の口車に乗せられて余計な出費を迫られかねない、とも。

ただ生前準備をすることは結果的に余分な出費、意図せざる出費を防ぐことのほうが多いはずです。もちろん「例外」はありましょうが。その意味でこれについては、私は誤解だと言いたいですね。

そもそも死の準備の必要性を感じない・認めない
終活と呼ぼうがなんだろうが、そもそもそんなのやる必要が無い、あるいはやりたくないという人も確かにいます。自分はかなりのマイノリティで頑固者だと思ってますけど。こうした人たちとは、それこそ死ぬまで分かり合えんことでしょう。

終活として提唱されていることがあまりに皮相
厄介というか、真剣に向き合うべきはこちらの意見です。「終活」をめぐる言論空間は、驚くほど貧弱。はっきり言って、人生を真剣に考えまともに生きている人ならまともに付き合う気がしないような言葉が飛び交い、セミナーだのなんだのが開催されている。意識高い人というのはともすれば忌避されがちですが、個人的にはそういう人をも取り込まない限り、終活=生前準備は先細りになると思ってますよ。

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