キャンサーギフトという「贈り物」

投稿者: | 2019-08-01

がんになった人が時折「がんになってみて悪いことばかりじゃなかった(良いこともないわけではなかった)」といった感慨を漏らしていることがあります。

がんになったこと自体は喜べませんよね。それでも、病を抱えていることで見えたこと、そうでなければ味わえなかったような体験、出会わなかったような人に出会った、といったことがあるようなのです。

海外ではキャンサーギフトなどと言ったりもするようです。

がんになって良かった、なんてことはないでしょうが、がんになるのは不幸ではない、と。やはりこれは、なった人にしかわからない心境でしょうね。そしてすべてのがん患者が感じるものではないのかもしれません。でもどういう点にキャンサーギフトを感じるのかということでは人それぞれでも、こうした思いを持つこと自体は割と一般的みたいです。

ここまで強烈なものではないにしても生きていく上での心がけみたいなものであれば、がんにならなくてもいくらかは持てるのではないでしょうか。自分の人生は一度きりで、それもそう遠くないうちに終わってしまうということに深く思い至るならば。

昔なら、戦争や感染症などで若くして死ぬことも珍しくなかったので、そういった意味での「死の覚悟」は持ちやすかったのかもしれません。でも人生100年時代なんて言われている当今では、それこそ70代80代になっても「自分はいずれ死ぬ」ということを忘れてしまっているような人も少なくありません。だからこそ、自覚的・意識的におのれのいのちの有限性みたいなものを自らに思い起こさせる必要があるのだと思います。

少なくとも私くらいの年代(つまり40代50代くらい)になったら、時々にでも「残りの人生」ということに思いを馳せるべきかと。早すぎる、ということは絶対にないはずです。

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