死がどんどん遠ざかる

投稿者: | 2019-11-15

平均寿命が延びて、長生きできるようになったこと自体は喜ぶべきことと言えるでしょう。

けれどその結果、人々が老いや死というものから目を背ける傾向が強まっているような気がしてなりません。おのれにもいつか必ず訪れるのに、それを認めようとせずできるだけ抗おうとするような。

昔(たとえば50年前とか100年前あるいはそれ以前なんか)だと、若くして死ぬ人や乳幼児で死ぬ者も少なくなかったので、「いずれ自分も」という自覚を持ちやすかったことと思います。でも今はそうではありません。日本の場合、家族葬などと言って葬儀を小規模で行う傾向が強まっているので、なおさら家族以外の死に向き合う機会が減ってきています。

あともう一つ、静かに進行している現象として人々の暮らしから宗教というものが希薄になっているというのがあります。初詣などで神社やお寺にお参りする人の数は減っていないかもしれませんが、日常的に神棚や仏壇を拝む人の割合は、世代が若くなるにつれて激減しているのではないでしょうか。

そうした意味では、昔は老いや死に直面するような仕組みが社会に埋め込まれていたのに、現代はそうでなくなりつつあり、しかもその傾向はますます強まっています。個人が意識的に向き合うか、新しい仕組みを開発しないかぎり、マズいことになってしまうのではないでしょうか。

またこの点については意識のある人とない人の「格差」も開いていきそうです。意識がある人は30代40代くらいからおのれの老いや死について考え、備えるのに対し、そうでない人は死ぬ直前になってやっと「もっと早くから考えておけば良かった!」と後悔するような。一人だけのことなら当人の自己責任で済むことですが、これで例えば夫婦間、親子間などで意識の大きなギャップがあったりすると、トラブルやケンカそのほかの悲喜劇を誘発しかねません。

私としては、自分の老いや死についてもしっかり向き合いつつ、上に述べた「新たな仕組み」というのも考え、形にしていきたいところです。もちろん生前準備は、その大きな突破口になり得る、と思っているんですけどね。

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