経験を絶対視

投稿者: | 2009-05-03

「死の瞬間」という本を読みました。(レビューはこちら

印象深かったくだりの一つは、著者に食ってかかった匿名の投書に言及されていた部分です。著者は「死はそれほど苦しくないのではないか」ということを言っているのですが、それに対し、子供を熱湯によるやけどで亡くしたという人から「お前は全然分かっていない」という風な批判的な投書が来たというのです。

まず感じるのは、その攻撃的な姿勢です。自分は切実な体験をしているのに、相手はそれを全くくんでくれていない。そのことに対するいらだちのようなものを感じます。もっと言えば、自分の経験こそが「真実」だという傲慢さや、特権的意識のようなものも。

幼い子供を亡くすというのは、必ずしも一般的なケースではありません。まして、当人が泣き叫ぶような痛々しい死というのは、さらにそのごく一部。そうしたいわば「例外」があるからといって一般論を展開できないのでは、ほとんどの一般論が成り立たないでしょう。

もちろん、この遺族の方と一対一で向き合う場合には、その心の痛みにできるだけ配慮するのは当然です。でも、遺族の側も、他人の死生観を尊重しなくては。「あなたは死について語る資格がない」なんてことを言う資格は、誰にもないと思いますよ。

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