他人の人生を総括すること

昨日の記事、ワイドショーで葬儀参加の続きです。

人(今は、芸能人や文化人を念頭に置いています)が亡くなった時、その人について考えたり、情報を欲したりする。それは、死というものが、その人の人生を総括するのに良い機会だから、ではないでしょうか。

「棺を覆いて事定まる」といいますが、生きている間は結局その人の人生を総括することはできません。「確定」していないわけですから。

その意味で、葬儀やその他もろもろの追悼行事は、いいきっかけとなります。自分の中で考えるゆとりをもたらしてくれると同時に、その場で故人について語られる内容が、自分の持つ故人へのイメージを豊かにしてくれるからです。

もちろん、こうした話は、ごく近い身内や親友を亡くした場合には、当てはまりません。そんな生やさしいものではないでしょう。ただ、人は生きていればそうではない「淡い」関わりも持つわけで、その人の訃報に接した時、その人のことを頭の中で総括しておくことは、精神衛生上もいいと思うのです。

そして、他人の死(いわゆる三人称の死)について考えることは、それがどの程度プラスになるかはわかりませんが、自分の死に備えた予習ともなると思われます。

追伸:折しも、本日はレヴィ=ストロースの訃報に接しました。今年は、何か「大物」が次々と亡くなる年のような気がします。


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