地域ごとに「体制の選択」

「体制の選択」なんて、最近あまり使われなくなりましたね。

社会主義・共産主義が現実的な選択肢と考えられていた時代は、資本主義か社会主義か(あるいは共産主義か)という問いは意味を持ったんですが。

確かに国レベルでは資本主義以外の体制はありえませんが、地域のレベルでは、体制の選択はまだ意味を持つんじゃないかと思っています。少なくとも、たとえとしては。

具体的には、こんなことを思っています。国レベルでの政府規模や福祉は可能な限りミニマムなものとし、あとは地域レベルの裁量で上乗せや充実を図る、と。上乗せの幅が小さいところほど資本主義的、大きいところほど社会主義的、ということになるでしょう。

直観的には、大都市ほど、また若者が多いところほど上乗せが小さくなるんじゃないかと思います。また、田舎ほど、そして老人が多いところほど上乗せは大きくなるでしょうね。そしてこれからの日本は老人の割合が増えますので、国全体としてミニマムの水準が上がるのは不可避かもな、という気がします。

とはいえ、あまり社会主義的になると、若い人や稼ぐ能力のある人はどんどん海外へ流出することになるでしょう。縮むパイをみんなで平等に分け合うというのは、かなり愚かな選択だと個人的には思います。

ともあれ、国全体が誤らないためにも、また国民の満足度を最大化するためにも、地方分権はまったなしのテーマに違いありません。


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