菅首相が「最小不幸社会」というキャッチフレーズで登場して以来、幸福度とか幸福感といったものがさらに注目されるようになりました。
よく知られるように、我が国は「幸福度ランキング」では100位前後と低迷。「経済的には豊かなのに、国民は幸せじゃない」と批判や反省のネタになっています。また、このランキングではデンマークやスウェーデンなど北欧の国が上位に顔を揃えており、「デンマークに学べ!」「スウェーデンに学べ!」といったお調子者が出るきっかけともなっています。
これに関しては、幸福感や満足感は主観的なものであって、ことなる国や文化圏で比較しても仕方ない、という反論をすることができます。現に韓国や中国もあまり順位は高くなく、評価の「厳しさ」は東アジアに共通なんじゃないか、という疑いが濃厚です。
もしこうした指標に意味があるとしたら、同じ国について時系列で満足度や幸福度を比較し、それが高まっているのか、下がっているのかを見ることくらいじゃないでしょうか。上がる方はともかく、ずっと下がり続けるとか、急に落ち始めたとなったら、何か重大な「問題」が生じている、ということを示唆しているでしょうから。もっともそんな場合、別にアンケートを取らなくても、そこそこ敏感な人なら問題の発生を察知することと思いますけど。
さて、この辺の話題では、「GNH(国民総幸福量)」についても触れておくべきでしょう。こちらは「ブータンに学べ!」ということで、GDPよりもGNHを重視、あるいはGDPそっちのけでGNHを追求しよう、という主張です。GDPどっぷりの価値観を相対化する意味では、こうした珍説・奇説にも意味があるかもしれませんが、まともに取り上げるべき言論とは思えません。
一般論は別にして今の日本では、経済の縮小均衡を受け入れることは、自滅的行為に等しいと考えるからです。後続世代に及ぼす迷惑を考えたら、破廉恥と言ってもいいたぐいの言論だともいます。当人は「オレって、クールだなぁ」くらいに思っているかもしれませんが。