親とペットと

投稿者: | 2010-09-11

Twitterのつぶやきには、時々ハッとさせられるものがあります。

数日前、「親が死んだ時には泣かなかったけど、ペットが死んだ時には泣きじゃくった」といったつぶやきを目にしました。

こうした事例は、恐らくレア・ケースでしょう。また上記のつぶやきをされた方にしても、親よりペットの方を大事に思っている、というわけではないと思います。ただ事実としてそういう場合がある、というのはいろいろ考えさせられることでした。

親の場合、生まれた時にはすでにこの世にいます。そして、自分が成長して大人になっても、親は親。愛情とか喪失感といっても、他の人間関係とはかなり違ったものなんじゃないでしょうか(私の場合、両親とも健在なので、これは推察です)。

一方ペットの場合は、ある面で安心して溺愛できる存在のように思います。自分より小さいし、自分より寿命が短い。そして、その生存を自分が委ねられている。方言になりますが「めんこい」存在なんですよね。時として、当人も想定していた以上に喪失の悲しみが大きく、思わぬ悲嘆に襲われることもあるようです。

自分が子をもつ親であるかどうか、親が何歳で、どんな病気で亡くなったか、などでいろいろ違いは出てきそうですが、親を喪うこととペットを喪うことの対比には、いろいろ考えさせられます(人によっては、「同列に論じることが不謹慎だ!」と感じるかもしれませんが)。

しばらく前、韓国の有名俳優が若くして自殺しました。日本からもいわゆる「韓流」好きのおばさま達が葬儀に多数駆けつけ、あられもない姿で号泣していました。意地悪な見方かもしれませんが、彼女たち、夫が死んでもあそこまでは泣き崩れないでしょうねー。きっと。

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