死に備える「エンディングノート」があるんなら、生きるためのノートもあっていいんじゃない?というお話。ごもっともですね。
より豊かに生きたい人のための スターティング・ノート|天然42の発想力トレーニング
ところで 死んでからのことよりも
死ぬまでのことの方が 何万倍も大事です
いま・ここ から始めるための
スターティング・ノートがあっても良いのでは?人それぞれ 大なり小なり
何らかのプランを持ち
その実現を意図して 日々生きているわけですが
きちんとノートに書き出して 整理して取り組んだ方が
実現可能性も 段違いに高まるはずです文字と合わせて ビジュアル的にも
自分の目指す状態を 簡潔にまとめて
日々 その状態の 実現に向けて
わくわく・どきどきしながら 取り組んでいくそんな人が増えていけば
必然的に 社会も
より良くなって行く様な 気がいたします
名称は「スターティングノート」よりも、「リビングノート」「ライフプランニングノート」なんかの方が良いと思いますが、趣旨には大賛成です。特に、文章だけでなくビジュアルも活用、というのはいいですね。
こういうのはエンディングノートに比べると、フォーマット化になじまないと思います。ただそれでも、多くの人がこうしたノートを書く習慣を付け、互いに工夫した点を共有し合えば、「ノート術」みたいなものは確立されるかもしれませんね。
私が気になるのは、仮に生きるためのノートが書かれるなら、エンディングノートはそれと連動するものになるのではないか、ということです。控えめに言っても、二つはセットで完結する、と。エンディングノートはその人の生の軌跡や、その中で育まれた価値観と無関係ではあり得ません。というより、それを反映したものでないと、ニセモノです。なので極端な話、生きるためのノートを見ればエンディングノートの中身がある程度推測できるはずです。
ともあれ、両方のノートを書く習慣が、一人でも多くの人に広まって欲しいものです。