「八百長?何を今さら」という評論について

投稿者: | 2011-02-05

Twitter上で、そういったツイートをよく見かけます。

八百長を問題視する日本の風潮そのものを問題視し、「世知辛い世の中だな」といった風に慨嘆するという。

こうした意見には、強く反発を感じます。

まず、こうしたことを言う人は、普段から相撲に関心があるのか、と問いたいですね。もしそうでないなら、無責任な思いつきにすぎないと言わざるを得ません。そんな人は相撲について語るな、とは言いませんが、ご自分の傲慢さ、無責任さは自覚していただきたいものです。

さて私が言いたいのは、八百長が明らかになった以上、元々「一部に八百長はあるんだろうな」と思っていたファンでも、相撲への興味や熱意は大きく削がれるだろう、ということです。前回も書いたように、プロレスとは違って「八百長も相撲の醍醐味」とはならないはずです。八百長を承知の上で相撲を楽しめるファンも中にはいるかもしれませんが、ファン全体からすれば一握りなんじゃないでしょうか。

よって、これまでの八百長を徹底的に暴き、そして効果のある再発防止策が講じられない限り、仮に場所が開催されたとしても、相撲の人気は急速に落ちていくことでしょう。そもそも現状では、NHKが中継することは考えられませんから。

上記のような意見を言う人は、相撲のこともさることながら、メディアや世論の非寛容さだったり、潔癖さだったりに違和感を覚えているようです。一理ある、と思わないでもありませんが、やはり懐古趣味か反動思想ですよね、そんなの。民間でも「コンプライアンス」ということについて10年前、20年前に比べればはるかにうるさくなっています。それが絶対的な善だと言うつもりはありませんが、少なくとも方向性としては正しいし、またその「流れ」を食い止められるものでもないでしょう。

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