「自粛」と「不謹慎」

ネット上では、表題の言葉をめぐる議論が盛んです。

というより、「過度の”自粛”は良くない」「いたずらに”不謹慎”と言うのはやめよう」といったものが多いのですが。

●不謹慎
まず不謹慎について言えば、企業や人が「不謹慎だ!」と責め立てられて、それに屈するというケースが多いようです。いわば声の大きい者が無理を通す、といういつものパターンです。もちろん災害を冗談のネタにしたり、被災者を嘲弄したりするものは不謹慎のそしりを免れませんが、直接被災していない人が普通に楽しんだり笑ったりするのを「不謹慎」と言うのは、明らかに行きすぎでしょう。

●自粛
一方、自粛の方はこれに比べると、そう単純じゃありません。震災に心を痛めている人が自主的に行いを控えるというのは、ある意味自然なことだからです。その意味で、過度に「自粛反対!」を叫ぶのは、ややヒステリックで非人情じゃないかと思います。

ただ中には、「自粛」と言いつつ周囲への配慮、あるいは批判を先読みして、控える、というケースも少なくないでしょう。空気を読む、というヤツです。我が国の「自粛」は、もしかするとこちらの方が多いかも知れません。そうした遠慮を中和する意味での自粛反対論には、私も賛成です。

震災という悲しい出来事を機に、日本人の心がまとまれたら、素敵なことと思います。けれどそれが、自粛の方であれその反対の方であれ、行き過ぎた同調圧力につながるとしたら、それには抵抗したいですねー。まさかこの時代に「お前は、非国民か!」みたいなことを言う人はいないと思いますが・・・。

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