「グリーフワーク」あってのグリーフケア

投稿者: | 2011-05-30

震災から2ヶ月以上経ち、「グリーフケア」についての記事が目に付くようになりました。

阪神・淡路大震災の時以来、大きな災害や事故が起こると必ず、「適切な心のケアを」といった話が出るようになりました。「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」という言葉も、かなり知られるようになったんじゃないでしょうか。

もとよりそうしたケアの重要性や効果を否定するつもりはありません。ただこれらが強調されると、えてして当人の立ち直る力が軽視されたり後回しされたりする嫌いがあるようです。ということで、まずは当人によるグリーフワークが出発点なのだと、改めて確認しておきたいと思います。

またケア自体も、カウンセラーなど専門家にしかできないというものではありません。家族含め、身近な他人の気遣いや、同じような悲嘆を抱えた者同士の分かち合いも、本人の立ち直りを大きく助けるはずです。そうしたものとともに、重篤化しそうな人、すでに重篤化してしまった人は、専門家の援助を気楽に受けられる、というのが理想ではないでしょうか。

愛する人との死別は、確かにつらい体験でしょう。でも起こってしまったら、それをも人生の「糧」にしなければ、どうしようもありません(もちろん、こんなことを悲しみを抱えた人に面と向かって言うわけはないですが)。安直な専門家待望論は、そうした「チャンス」を奪いかねないのだということを、声を大にして言いたいですね。

なお、次の記事には「周囲の人ができる支援」というのがまとまられています。すべきことよりも一層、すべきでないことの方を、みんなに知ってもらいたいですね。他人を癒すには「技」が要りますが、他人の傷口に塩を塗るようなことは、誰でもやってしまいかねませんから。

悲しみの遺族どう支援、震災で「グリーフケア」に注目 :日本経済新聞

悲嘆に暮れる親族や友人らに対しては、何ができるのだろうか(表C)。

中島さんによると「時間が解決してくれる」などの安易な慰めは、遺族の感情を傷つけかねない。悲しみ方は個人によって様々だと理解したうえで、話に耳を傾けることや、葬儀の手伝い、食事の支度など日常生活の支援をする方が有効だという。死去に伴う行政手続きに同行し、寄り添うことも力になるはずだ。

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