「再分配」の難しさ

社会主義諸国がダメになったあとも、社会主義的な理想を持ち続けている人たちが世の中にはおおぜいいるようです。

若い頃に社会主義に「かぶれた」人はまだしも、社会主義諸国のダメさが明らかになってから以降に物心付いたとおぼしき若者にもそういう人がいます。親や教師の影響なのか、それとも体質のようなものかはわかりませんが、暗澹たる気持ちにさせられます。彼らに言わせれば、「崩壊した社会主義国は真の社会主義を実現できていなかった」とか「資本主義には社会主義以上に問題がある」ということのようです。

そんな彼らの大好きな言葉のうちの一つが、「再分配」です。所得や資産の格差が生まれるのは好ましくないので、それを政府が是正してやらなくてはならない、というわけです。完全な「結果の平等」を言うほど過激な持ち主の思想は少ないでしょうが、ゲームのあとでハンディを付けることそのものは、かなりの人が疑っていない、それどころか正義と考えているフシがあります。

それ自体は善意に基づいた主張なのでしょうが、欧州でのありさまを見ていると、「そんな簡単なことではないぞ」と突っ込みたくなります。再分配というとうるわしいように聞こえるかもしれませんが、要は多く稼いだ人がそうでない人に税金を通じて恵んでやるということ。両者の間に仲間意識のようなものがなければ、前者に不満が出るのは当然です。そんな状況の中での再分配など、長く続けられないでしょう。

人道的視点から「所得の平等」を言うなら、日本国内にとどめず世界的視野で考えなければ、ナンセンスです。もしそうなれば、豊かな日本人はむしろアフリカなどの貧しい国に一方的に恵んでやるしかないかと思います。「再分配」を声高に言う人は自分がそれで得をすると思っているのかもしれませんが、むしろ自分の稼ぎのかなりの部分を喜捨でもしないと偽善のそしりを免れないと思いますよ。

私はそんな主張をしないので、気に入った分野や活動にほどほどの寄付をする程度で済ませますけどね。

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