裁判所離れの懸念

先月、最高裁で民法の非嫡出子にかかわる相続分の規定が違憲とされました(「判決」ではなく「決定」という形です)。

それ自体の是非はここでは論じません。考えたいのは、世間の感覚と遊離した判決なり決定を連発していると、裁判など司法はますます国民にとって縁遠いものになっていくのではないか、ということです。

裁判官にはそれなりの正義感や法的論理があるのでしょうけど、結論が一般人の感覚から見て「は?」というようなものだと、なかなか納得感は得られません。それがいくつも見られると「裁判所は常識が通用しない」というのがイメージとして固定してしまうのではないでしょうか。結果、司法を利用するのは司法が味方してくれるという思惑のある人たちだけとなり、ますます司法が嫌厭されるようになる、と。

一連の司法制度改革は、もともと司法を国民にとって身近なものにするというのが大目的だったはずです。今の流れは、それに対して壮大なる「逆噴射」をしているような気がしてなりません。私自身も、厄介ごとを司法的手段で解決しようという気は、随分薄れつつあります。平たい言葉で言えば「使えねぇな」という感じですね。

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