自選と他薦と

投稿者: | 2008-10-25

愛読している「ネット雑記 ~3年後のネットが見えるかも~」ブログに、興味深い記事。

SNSが歳をとるとどうなるでしょうか

実は年齢を取った人の深みがある話というのは、30年後のSNSのキラーコンテンツになっているのではないかと思っています。それはSNSが「知恵の伝承」の場になる可能性があるということです。世代を超えて伝えていかなければならないものを、SNSという場が、情報を蓄積し、若い世代に伝えていく。そんな役割を担うのではないかと思います。

私も、ネットを通じて世代を超えた結びつきが生まれることには、すごく期待しています。「志」をネット上で表明することで、時代や地域を超えて、それに共鳴する人が現れるというような。そこまで大それたものでなくても、ふと残した一文が、遠く離れた誰かの人生にとってかけがえのない宝物になる、なんてこともあるでしょう。

ただ、それはSNS内である必然性はないように思います。むしろオープンなブログやホームページの方が、広がりという点では優位なんじゃないでしょうか。私の印象ではSNSのコミュニケーション構造は双方向的・対等で、誰かが誰かに教わる、という形のコミュニケーションには馴染まない気もします。

あるとするなら、家族SNSや業界SNSのような、機能というかメンバーのはっきり区切られたSNSで、でしょうね。そこでは、先人の言葉はそれなりの重みを持って受け止められるでしょうから。

さて私の問題意識は、では、遺す側はどうすれば、同じ志を持つ者に届くような形で、ネット上に言葉を遺せるのか、ということです。これだけネット上に言説があふれるようになると、志同士が出会うのは大変。では、どうするか。

私がキャッチフレーズとして考えたのが、「自選と他薦」です。

自ら何かを発信しようと思う者は、自選によって自らの言説にアクセスする敷居を下げる。「オレについて知りたいなら、まずはこれを読め!」というわけ。まとめとか、自選リンク集みたいなものも、効果的でしょう。

一方、志がつながる世を望ましいと思う者は、「これは、すごい」とか「これは、いい」と思ったものを、どんどんネット上で褒めるべきです。そうすれば、それを見た者がまた弘める、というサイクルが回り始めるでしょう。たまたま心が通じる第三者が、それを見つける確率は飛躍的に高まる。こうした面において、現行の検索エンジンはかなり無力ですから。

はてブの「ホッテントリ」とかTwitterの「ふぁぼったー」は、そうした他薦を集約する仕組みとして、一定の役割を果たしています。でもいかんせん、選び手自体が玉石混淆だから、選ばれるものは必ずしも優れものではない。年長者が役に立てるのは、こうした時の「目利き」としての役割も大きいように思います。未熟な若者よりは、本物と偽物を区別する眼力はあるでしょう。

これからの私のブログは、「他薦」にも大いに目配りして行きたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください