コンテンツがあふれている

投稿者: | 2015-06-02

この一、二年とみに感じることの一つが「コンテンツがあふれている」ということです。

「読み放題」「見放題」「聴き放題」など各種のサービスが充実し、良質で膨大なコンテンツにかなり低コストでアクセスできるようになりました。本だけで考えても、読みたい本・読むべき本が次々に現れて、消化しきれない状態です。

私の場合はほぼもっぱら日本語コンテンツだけで、この状態です。日本語に加えて英語コンテンツも対象にしていれば「あふれている」という感覚は倍加することでしょう。

それに伴い、接触・消費する時間や精神的キャパシティが追いつかないことが恒常化しています。興味はあるけど、見送らざるを得ないわけです。これまでは無意識的に選別を行っていましたが、今後はある程度体系的にやった方が良いかもしれません。「消化しきれない」という自覚が、少なからぬ精神的ストレスになっていますので。

まずは、選択の基準や軸のようなものを自分の中に持つべきでしょうね。人生の時間は有限です。「何もかも」というわけにはいきません。加えて仕事など他のことをする時間もあるわけで、メディアとの接触だけで明け暮れるというわけにもいきませんし。

そして、割り切りも必要かと。少しだけ鑑賞してみて、自分には合わない、あるいは質そのものが大したことないと思ったものは、どんどん切り捨てていく、と。そのことにより、お手付きするコンテンツを増やすことができます。

そして最後に、性質上どうしても多くの時間を食う動画コンテンツは、必要最小限にした方が良さそうです。読む・聴く・観るという行為別に考えた場合、「読む」は流し読みや部分的に読むことが容易ですし、「聴く」はながら消費が可能です。観るだけはスキップするにしろ倍速再生などをするにしろ、限界がありますので。

これだけのコンテンツに恵まれた時代、次の時代にはさらに優秀なクリエイターが多数登場してくれることでしょう。私の場合、旅行したいとかうまいものを食べたいという欲は次第に弱まっていますが、良いコンテンツに耽溺したいという欲はますます強まっているように思います。

Related Post

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください