生きることは「かたじけない」

「一人の命は地球より重い」というのを文字通り信じている人はさすがにいないことと思います。

けれどそれに近い生命尊重思想みたいなものを持っている人は、かなりの割合に上るのではないでしょうか。

でも、人は生きているだけで尊いとか、人は何としてでも生きる「権利」がある、などと言われると私は大いに首を傾げてしまいます。というより、そもそも私の生きる姿勢とは相反する考え方です。

人が生きるということには必然的に他の生物を摂取し、あるいは環境に負荷をかけるということが伴います。人同士で考えてみても、社会からまた身近な他者から多くのものをいただいているのに、人が一生の間にできる「恩返し」は微々たるものです。

つまり人が生きるということは、どこまでもかたじけないものであるはずです。

もちろん命を粗末にしろとか早く死ぬ方が良い、とまでは思いません。けれど生かしていただいている間はできるだけ世のため、人のために尽くすようにして、それができにくくなったらしずしずとこの世から去っていくのが好ましいのではないでしょうか。

これは何も私が頭でこしらえあげた思想なんかではなく、古来日本人の多くが自然に培っていた生命観・死生観だったことでしょう。それが現代にほぼ絶えたかのようになっているのは、人権など西洋近代のイデオロギーを移入したため、また農林漁業など自然から離れたなりわいに従事する人が多数派となったため、両方があるように見受けられます。

この流れを逆回転するのは、たやすいことではないでしょう。けれど日本列島に生き日本語を使って暮らしている、という点で我らは祖先と大きな共通点があります。困難だけど不可能ではない、と私は信じています。

こうしたことに気付く人、目ざめる人を一人でも増やすことも、今生に与えられた私の使命の一つ、なのかもしれません。


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