インターネットと人の死

私はインターネット歴、かれこれ17年になります。

常々、人の死との関わりについて意識しながら、利用しています。そんな私にとって、この記事はど真ん中の直球みたいなものでした。

フェイスブックは「墓碑銘」に向いている: 歌田明弘の『地球村の事件簿』

「タイムライン」が全世界で本格的に導入され始めた。
利用者の一生を記録し、一覧表示できるようになり、
「永久保存」されて格好のネット墓地になる?

確かに、SNSは「墓碑銘」に向いているかもしれません。既に故人のブログがそうした役割を果たしているケースが散見されますが、知り合いがつながっているFacebookのようなSNSであれば、なおさらでしょう。23日に投稿されたこの記事、次回は「デジタル遺品」みたいなことを掘り下げて論じるそうなので、その折にはまた取り上げようと思います。

以下は、私なりの考察。

訃報
既に私の場合、有名人の訃報はTwitterで知るのが日常となっています。テレビなりネット上のメディアなりで報じられた情報が、矢のようなスピードで伝播するためです。時には、関係者自らがTwitter上で訃報を知らせてくれることすらあります。そういう経験をしていると、一般人の場合でもSNSで訃報が伝わるというのは、当たり前になっていくと考えてしまいます。

遺言
財産についてのことは別にして、それ以外の希望やメッセージをネット上に公開するケースも、今後増えていくのではないでしょうか。私はこれを「オンライン・エンディングノート」と呼んでいます。

葬儀・お別れ会
どこかの会場で行われている葬儀やお別れ会を中継し、遠隔地にいる人もそれに参加する。ちょうど先日、米歌手のホイットニー・ヒューストンの葬儀がUstreamで中継され、私も3時間ほど見入りました。こうしたことが珍しくなくなってくるでしょう。そしてゆくゆくは、ネット上で行われる「バーチャルお別れ会」みたいなものも、誰かが始めるかもしれません。

追悼の場
現状存在する「バーチャル墓地」のたぐいは子供だましの域を出ておらず、ざらなる改良が必要です。基本的には、故人の情報を伝える機能、故人をしのび追悼メッセージを書き込む機能といったものを、ネットにふさわしいように洗練させて行くべきかと思います。

故人の「作品」を展示する
作品というとおおげさですが、書いた文章や写真、場合によってはレビューやコメントのたぐいも、作品となり得ます。遠い未来の子孫はもとより、検索か何かで同じ関心を持つ赤の他人が訪ねてくるかもしれません。

何から何までネットで済ませれば良い、というつもりはありません。ただ、故人と遺族・友人がネットを通じてもつながりを保つようになれば、自ずとリアルの世界の葬送や供養その他にも、影響すると考えるのが自然ではないでしょうか。将来は、両者を全体でデザインするようになるのだと予想します。

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