「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の思わぬ大反響

投稿者: | 2012-04-02

1月末に幻冬舎新書から発行された「大往生したけりゃ医療とかかわるな」が、かなり話題の書となっています。

幻冬舎新書といえば、ちょうど2年前に島田裕巳著「葬式は、要らない」がやはりベストセラーになりました。庶民がひそかに願っていること、思っていることに訴えかけるようなテーマに、人目を引くタイトルを付けて出してくるセンスは、他の新書レーベルと比べてもズバ抜けていますね。

私自身は、「大往生・・・」をこれから読む予定です。読んだら、また感想など書いてみるつもりです。

今の時点で私が関心あるのは、”「自然死」のすすめ”といった副題を持つ本が、なぜこれほど読まれるのか、ということです。あと、どんな人たちがこの本に興味を持つのかも、知りたいですね。年齢・性別・家族等との死別体験・自身の病気体験などなど。

ちなみにやはり2年ほど前には、石飛幸三著「「平穏死」のすすめ ~口から食べられなくなったらどうしますか~」が話題になりました。こと自分のことに関しては、「終末期になったらあれこれ延命治療などはしてもらわなくて結構」というのが、日本人、それもシニア以上の年代の人たちにおける多数意見かと思います。

そもそも日本尊厳死協会自体、30年近い歴史(前身の安楽死協会から通算すると36年)を持ち、現在の会員数は12.5万人いるそうです。それでもなお、「自然死のすすめ」だの「平穏死のすすめ」だの言う本がもてはやされるのか、私にはやや奇異な感があります。「そんなの、分かりきってることじゃん」と思ってしまうんです。まして医師や看護師など医療関係者自身も、終末期にひたすら延命措置を施すことには懐疑的・消極的です。「悪いのは、誰なんだ!」と言いたくなりますね。

「犯人」というと人聞きが悪いですが、こうした構造の「もと」を、私は 1)責任追及を恐れる医療者の姿勢 2)難病団体や弁護士会など尊厳死反対運動、にあると考えています。この辺のことは、別記事で改めて。

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