一人の「生」を超えるもの

「死ぬのが怖い」「死ぬことを考えると、生きるのがむなしい」といったことを感じている人は少なくないようです。

両者は同じものではありませんが、その原因はかなり共通していると考えられます。生を自分一個の枠組みだけでとらえていて、実際そうやって生きているので、他人や世界とは切り離されてしまっている、ということです。人間一人の生を独立したもの、完結したものととらえれば「死んだら、終わり」となるほかないでしょう。

といって、近代以前に逆戻りというのも不可能です。国家や地域共同体、さらにはイエががんじがらめになっていて、個人の人生を押しつぶしてしまうような、そんな社会に戻れるはずはないですし、望む人もほとんどいないでしょう。

結局、人々が生きていく中で自分なりのものを見つけ、そこに自分の生の物語を組み込んでいく、という形しかあり得ないように思います。といってもその対象は、家族だったり地域だったり何らかの職業分野だったり、さらには社会的事業やプロジェクトだったり、さまざまでしょう。

そこにどれだけ豊かで魅力的な選択肢があるか、がこれからの社会の「強さ」につながるのではないでしょうか。もし自分にぴったりくるものが見つからなければ、他人を巻き込む形で自ら始めればいいのです。


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