生老病死(しょうろうびょうし)という言葉が仏教由来だったりすることもあり、「高齢化するこれからの日本では、仏教の出番が増えるはず!」と思っている人が少なくありません。
でも私は、それには懐疑的です。
仏教が21世紀を生きる人の心に響くところはあまりないと考えますし、それよりも魅力的な思想や言説を選択することができるからです。もちろん仏教にハマれる人・現にハマっている人はそれでいいと思います。でもそんな人は、仏教をなりわいにしている当のお坊さんを含め、一握りにすぎないのではないでしょうか。
今後、年齢を重ねるに従って上記の考え方や感じ方に変化が訪れるかもしれません。けれども、今の私の率直な考えはこの通りです。それも、結構な確信を持って。昨日今日意識し始めたことではなく、仏教に比較的好意的なつもりの自分でも、そう結論づけざるをえないんですよ。
私なりにそうなる理由を分析しますと、
- 仏教が生まれ、広まった時代と今では、寿命の長さに対する感覚が違う
- 仏教はそもそも出家者のためのもの
といったことがあろうかと思われます。長寿化する現代、社会人として暮らす者にとっては、問題意識や立ち位置のズレが大きすぎるんですよ。
仏教の言説なんかよりは、現場で老いや死に向き合う医療者・介護者や遺品整理業者・葬祭業者、それに老いや死に向き合う当事者自身の言葉こそが、我々の心に響くはずです。そして、思索を刺激してくれるはずです。