「孤独死」にも幅がある

世間の一部、あるいはメディアに「孤独死はおぞましいもの」というイメージがありすぎるからでしょうか。

「孤独死するのも悪くない」という覚悟をことさらに強調する文に出会うことが良くあります。書き手は医療者だったり、芸能人・文化人だったりすることが多い印象ですが。

確かに一人で暮らしていれば死の瞬間そばに誰もおらず、気付かれるのが時間が経ってからということは大いにあり得るわけで、死の瞬間一人であることを「孤独死」と考えるなら、それはほぼ避けようがないことでしょう。

たださすがに、「孤独死悪くない」という人でも遺体が腐敗し体液が階下にしみ出したり、悪臭やウジによってやっと気付かれるといったことはさすがに避けたいのではないでしょうか。季節や死んだ場所にもよりますが、何週間といった単位で遺体が放置されていても平気という人はいないと思います(死んでしまったら本人はわかりませんが、周囲に多大な迷惑を掛けることに気が引ける、という点で)。

その意味で、高齢者に限らず一定年齢以上の人で一人暮らししている人は、仮に孤独のうちに死んだとしても一定期間内に発見されるような手はずを整えておくことは「たしなみ」と言えるかもしれません。定職があれば職場の人が異変に気付くでしょうし、介護サービスや福祉のケアを受けている人も気付いてくれる人がいるはずです。要注意なのは、そのいずれにも当たらない人でしょうね。

死んでからで良い、それも**時間以内(例えば24時間以内とか72時間以内とか)ということで良い、という風に割り切れば、安価で手軽な見守りサービスを見つけるのはたやすいはずです。孤独死を恐れすぎず、上記のように割り切り・線引きをした上で一人暮らしを謳歌したいものです。

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