安楽死合法化のその先に

ハフィントンポスト日本語版にベルギー在住のフリーライター・栗田路子さんが安楽死について書いた記事、食い入るように読みました。

安楽死に賛成の人も反対の人も、ぜひ読んでおくべき内容です。

安楽死は、豊かに生きるため。日本旅行の夢を叶えた、パラ金メダリストが語る"その時"

特に印象に残ったのは、以下の部分です。2008年に安楽死の希望を登録し、なお生き続けているマリーケさんの言葉。

”人生の操縦席にいるのは自分”と思ったとたんに、急に楽になった。安楽死がなかったら、とっくに自殺していたと思う。今は、やりたいことが山ほどあって、片っ端からチャレンジ中。

いざとなったら死ねる、ということが安心感のようなものをもたらし、残りの人生に対してかえって前向きな気持ちで臨める。安楽死に反対する人は起こるかどうか分からない事態(たとえば本人の真意に反して安楽死を強いられる)への懸念を盛んに言い立てますが、むしろマリーケさんのような場合の方が一般的ではないでしょうか。

安楽死という制度がこういう人たちへの「救い」になるとしたら、当初は厳格な条件下で良いから「まず始めてみる」ということを検討してみても良いのではないでしょうか。日本で合法化した時、何が起こるかどこまで普及するかはやってみないとわかりません。

ちなみにベルギーでの年間安楽死件数は2000件ほどとのこと。人口が日本の1割ほどですので、日本に当てはめれば年間2万件ほどという感覚ですね。結構多いな、という気がします。日本ではそこまで普及しないでしょうし、いくらか自殺を減らす効果もあるでしょうから、安楽死+自殺の件数は、今より1万件程度増えるかどうか、といったところではないかと推察します。

合法化当初は、高齢者の末期がん患者が大半であったが、近年では、神経疾患や精神疾患も増えているという。

問題になるのはこの点です。安楽死賛成という人でも、たとえば子供の安楽死や精神疾患を理由とするもの、さらには認知症などで判断能力を失った人の安楽死などを認めるかどうか、といった点になると思い悩み、場合によっては「そこまでは認めない方が良い」ということになるのではないでしょうか。

安楽死反対派はどんどん拡大することにも懸念を示し、最初の一歩を封じておかなければ、という考えのようですが、際限なく広がる、というのはやはり杞憂のように思えます。条件拡大は時間を掛けて、議論を積み重ねつつ進めることになります。そんな中で日本人の過半数が「そこまでは認められない」というラインは自ずと現れてくることと思います。

この記事を書いた栗田路子さん自身も、安楽死の希望を登録しているとのこと。日本人ないし日本出身で外国へ帰化した人が既に合法化されている国で安楽死することになったら、メディアで注目されそうですね。できれば、本人がその気持ちなどを日本語で書いた上で旅立ってくれると、日本での安楽死議論が大きく前進することと思います。

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