死と向き合うということ

ある医師がTwitterで「死と向き合うということについてあまり強迫的になる必要はないんじゃないか」みたいなことをつぶやいていました。

短い文なのでその意図するところをこちらが正確に理解しているかどうかは自信がありません。けれど一読して強い反発を覚えたのは確かです。強い言葉を使うなら、こういう考え方は敵だ!くらいの。

死を向き合うのがつらいこと、気の進まないことであり、現代日本人の多くがそれを忌避してしまっているのは現実でしょう。けれど、それによる不都合というのも確かであり、今のままで良いじゃないかと現状を追認してしまうのはよろしくないと思うのです。

不都合とは具体的には

  • 死への備えがまったくおろそかであるために、家族・遺族に負担を掛けること
  • 当の本人も死が近づいた時点で「もっと早くからやっておけば良かった!」と後悔するであろうこと
  • 家族が遺されたあとに大きな心の痛みとなって引きずり、グリーフワークを困難にするであろうこと

といったことです。それに引き換え、死と向き合うことの弊害やデメリットなんて、何かありますかね?私には思いつきません。

私ひとりが旗を振って他人様の意識を変える、なんてことは無理でしょう。けれど、こういう風にすれば死と向きやすいんじゃない?といった提案をすることはできます。それに共感し、実践してくれる人との輪を広げて行けたらいいな、という風に考えています。

冒頭の医師のように、ワシはそれには加わらん、みたいな人がいるのは仕方ありません。けれどそうした人が日本の中でどんどん少数派に転落していくことを望みます。

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