幸せな死とは

12日に放送されたNHK「視点・論点」に訪問診療医の小堀鷗一郎さんが出演しました(おなこの人は森鷗外の孫に当たる人です)。

タイトルは「最期から考える幸せな人生」。原稿テキストがNHKのブログにアップされているので、全文を読むことができます。

「最期から考える幸せな人生」(視点・論点) | NHK 解説委員室

死について考える上で非常に示唆に富むお話。すべての方にお奨めです。

私は自分の医療の目指すところを「culminatoin」という言葉で説明しています。この言葉は「最高点、頂点、最高潮、全盛」という意味です。死に行く人とともにその人のculminatoinを実現すること、それが叶わぬものであるなら、少しでもそこに近い最期を提供することです。

「culminatoin」は、その人その人にとっての価値観の表れです。死に行く患者が何を最後の拠り所にしているのかを知り、それを共に求める努力をしながら、最後の日々を共に過ごしていきたいと思います。

終末期医療に携わる医療者の方が「人は生きてきたように死んでいく」とよく言います。それがつまり、こういうことなんでしょうね。場合によっては医療行為よりも本人の欲望・欲求を優先してあげる、そんな姿勢がculminatoinの実現とやらにつながるのでしょう。ただしこの言葉はほとんどの日本人にはなじみがないので、もっと良い日本語に置き換えた方がよろしいかと思いますが。

高齢者の人口爆発に対処するために最も必要なことは優れた国家戦略でも、つぎ込まれる莫大な国費でもなく、社会、とりわけ直接の当事者である医師・患者・患者家族が「老いる」ことを理解し、「死ぬ」ことを受け入れ、自分にとって、家族にとって、そして社会にとって「望ましい死」とは何かに思いを致すことであり、これは日本の医療における壮大なパラダイムシフトとも言えるのではないでしようか。

この部分にも大いに同感です。老いや死の「リアル」を、実体験なり耳学問なり、本でのお勉強なりを通じてわきまえておく。その上で、自分がどのような終わり方をしたいのか、すべきなのかをとことん考える。それをできれば家族などとの対話の中でやる。意思がはっきりしたら、それを文書にしておく。

こうしたことが常識、当たり前と言えるくらいの社会になってほしいものだと思います。そしてそれは困難でも無理でもなく、むしろ高齢化が進む日本にあっては自然な流れのはずです。

ちょうど今日には、こんな記事も読みました。

樹木希林の死に様が"カッコよかった"ワケ(プレジデントオンライン) – Yahoo!ニュース

樹木さんのように、カッコよく死ぬためには、次の3つのことが大切です。

「最善を期待しつつ、最悪に備える」
「自分の死に方について考え、話し合っておく」
「人生において最も大切なものを知る」

私はこのように迎えた最期のことを「素敵なご臨終」だったと振り返ります。「素敵なご臨終」とはすなわち、患者さんのつらさが十分に緩和され、ご自身の生き方について納得し、そして患者さんのご家族も安らかな気持ちで見送ることができるような最期です。

やはり経験豊富な医師が導き出した「勝利の方程式」はだいたい共通している感じですよね。死の現場に立ち会う数の限られている我ら一般人は、まずはそれに従ってみたら良いんじゃないでしょうか。その上で、自らの経験に基づいてそれを修正したり、何かを足したり引いたりすれば十分かと。

上の小堀医師が5月に出した「死を生きた人びと」は多くの書評が出ていますね。我が町の図書館でも二桁近い予約待ちがずっと続いているようです。ということで、ネットで注文しました。

また下の廣橋医師の近刊「素敵なご臨終 〜後悔しない、大切な人の送りかた〜」もできるだけ早く手に取ってみるつもりです。こうした本が多くの人に読まれているのを見ると、日本も捨てたもんじゃないなと思いますよね。

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