「テロとの戦い」に覚える危惧

投稿者: | 2015-01-20

今またテロとの戦いが、国際社会の大きな焦点になりつつあります。21世紀に入ったばかりのときはブッシュ政権のアメリカが中心でしたが、今回はむしろ欧州が中心になりそう。

テロ行為をした者を厳正に裁く。当然のことです。できるだけテロを未然に防ぐ。これもいいでしょう。ただやはりテロ対策ということで社会の各方面が不自由になるのは、多少やむをえないにしてもどこかに限度を設けねばなりません。ある程度テロを起こされることは覚悟の上で、その被害をできるだけ小さくするということも考えるべきでしょうね。

長い目で見て重要なのは、テロ集団の社会的存立基盤そのものを細らせていくということです。資金や人材の面でどんどん貧弱になれば、各国の警察や軍隊がテロを摘発したり組織を壊滅させたりするのがどんどん容易になります。こうした好循環が起こるようにしてほしいものです。テロ対策が後手に回り、そのことがテロ集団をますます強力にさせる、という悪循環はまさに悪夢でしかありませんから。

気になるのは、テロとの戦い自体が次世代のテロリストを育むきっかけになりはしないか、ということです。無辜の市民が殺されたり、欧米とイスラム世界の間の敵対感情が強まれば、戦いは底なし沼となりかねません。戦うのは結構だけど、先々は戦わなくて済むようにすることも考えてよ、と日本人としては言いたいですね。

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