「あの世」をどう考えるか

一週間ほど前にこんな記事が話題になりました。

日本人の死生観に変化 「霊魂信じる」増加中 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

統計数理研究所の「宗教調査」によると、調査を開始した1958年から現在まで、ほぼ一貫して宗教を信じる層は3割で、信じない層が7割程度いる。ところが「霊魂の存在」を信じる人は増えているという。

この調査の「『あの世』を信じるか」という項目では、58年の調査では、「信じる」が20%、「信じてはいない」が59%を占めた。ところが2013年の調査では全体の40%が信じると回答、「信じてはいない」の33%を上回った。世代格差もある。20代では「信じる」が45%だが、70歳以上では31%に留まった。

日本人の場合は、宗教を信じるかどうかとスピリチュアルなことへの関心が必ずしも重なっていない、ということでしょうね。仏教やキリスト教などに入信しなくても、この世を超えた世界を漠然と信じ、あてにする。「回帰」と言われますが合理主義、科学万能論が優位だった戦後のある時代の方が、長い目で見ると異常なのかもしれません。

こうした点に関しては、パスカルなど多くの賢人が言っていることが妥当かと思えます。信じるべきかどうかわからないときは、信じておいた方が良い。信じずにいて仮にあったとしたら損だが、信じていて仮に無かったとしても失うものはないのだから、というものです。

あの世などスピリチュアルなことについても、「あるかもしれない」「ありそうだ」と構えておくのが穏当でしょう。そうでないと、臨死体験やお迎え現象、生まれ変わり、その他様々な心霊現象についてかなり無理な説明要因を考えなければならなくなります。脳内の錯覚だとか、証言している者が嘘をついているのだとか。「あるかもしれない」と思っていれば、ある程度疑いを持ちつつもそうした現象が人生にとって持つ意味みたいなのを考えることができ、生産的です。

またおのれの死に対処するに際しても、あの世の存在を頑なに認めないような人は安心立命の境地に至るのが難しいように思われます。不可能とは言いませんが、認める人よりも困難度がはるかに高いのは間違いないでしょう。

さて私自身は、あの世といったようなはっきりした世界があるとは思わないものの、死後も人間の魂が存在をし続け、時にこの世に現れたり次の生として別の人間の肉体に宿るといったことはありそうだ、という考えです。現代の科学が説明できないからといって、古来多くの人類が体験しあるいは目撃したビジョンがすべて幻想だとはとうてい思えないのです。


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