「頑張った者が報われる」は理想的とは言えない

政治家などが「頑張った者が報われる社会に」などとよく言いますね。

私はかねがね、これをとんでもない話、けしからん話だと考えています。そんな社会は、理想でもないし、実現可能でもないと思っているからです。

そもそも仕事は、結果やアウトプットで評価されるものです。頑張り度と仕事の成果がキレイに比例するなら、上記のようなことは言えるかもしれません。でも往々にしてそうではないんですね(両者がなぜ比例しないかは、突っ込んで考えてみる価値があると思います。気が向けば、別エントリーにて)。

そしてもう一つ。上記で言う評価そのものも、完璧に公正・正確なものではありえないんですね。そもそも仕事の成果なんて「生産量がこれこれ」などと簡単に計れるものではありません。よほど単純な労働以外は。

上記二つが相まって、「頑張った者が報われる社会に」などというのは絵空事に過ぎないんです。政治家が綺麗事としてそれを口にするのはまだ許せるとしても、そういうことを本気で望む市民が少なからずいる、というのは私の理解を超えています。何を考え、何を見て職業生活を送っているのか、と。

一つの組織内であれば、「頑張り」はある程度見えるものですので、それを評価・考課に加えるのはそれなりに理にかなっています。それでも、頑張りだけで評価するのはどう考えても無理がありますし、効率的に結果を出した者に対して不公正ですけどね。これが社会全体となると、絶望的でしょう。

繰り返します。「頑張った者が報われる社会」など、目指すべきシロモノではありません。

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