スピリチュアルと死生観

はっきりしたことはわかりませんが、近代的な価値観とりわけ自然科学の知見に触れる前の日本人には「自然を畏れる」「天を畏れる」という姿勢があったはずです。

科学とそれを応用したテクノロジーが人類の生活にもたらした恩恵は凄まじく、今さらそれ無しでやっていこう、というのは絵空事に過ぎません。もう後戻りはできないのです。

ただ科学をありがたがるあまり、科学で声明できないこと、科学で解明できていないことを「あり得ない」と決めつけるのもまた、別の「落とし穴」にハマっているように私には思えます。

関心のあるところでは、死にまつわるもろもろの不思議な現象です。臨死体験、お迎え、虫の知らせなどなど。あとそれにきっとつながるのでしょうが胎内や前世の記憶、デジャブといったものもそれにつながっている、という気がしています。

要は、世界ひいては宇宙は(我らの目に触れる)物質だけから成り立っていると考えるか、そうでないと考えるか。この差は結構大きくて、両者の間では死生観をめぐる対話や議論は成立不能、と言っていいかと思います。

私は後者の側です。仮に世の中が前者で埋め尽くされたら、ますます「この世」は自分にとって生きづらくなってしまうでしょうね。極端に言えば、生きるに値しない、というか。

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