追悼のカタチ

投稿者: | 2009-06-28

今日ブックマークしたブログ記事を2つ、紹介します。

★身近な人の死★ – 大東市会議員ーこざき勉 – 楽天ブログ(Blog)

実母の49日に追悼文集を編んだこと、お知り合いの「送る会」でみんなに追悼スピーチを求めたことが紹介されています。いずれも私の提案に含まれているもので、意を強くさせてもらいました。

追悼文集は形として残るので、追憶のツールとして使えるのがミソです。また追悼スピーチは、故人の新たな一面を発見できるというのがミソです。

従来型の葬儀がすたれると、一時的に混乱や過渡的現象が起こるでしょう。でも、こうしたことに無限の型があるとは思えません。いずれは新たな追悼文化が確立されるのではないでしょうか。

個人の一生を取っても、お別れを何度か経験するうち、スタイルのようなものが確立されてくると思います。よく言われる「その人らしさ」は、言ってみれば味付けといったところでしょう。もちろん、そのちょっとした違いが、記憶の上では重要だったりするものですが。

さてもう一つは、遺品から亡き夫を思い出し、対話しているかのような文。鑑賞するに値する、とても心に沁みる文です。

共感サロン:遺品整理 – livedoor Blog(ブログ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください